
振り返ると「あの日」ばかりが思い出される年も今日で終わり
明日、明けましても「おめでとう」などと言えそうにない、そんな人たちもたくさんいるこの国で
年が変わろうとする今でも、忘れられない家族のお話をひとつ。。。
復帰後間もなく担当した末期ガンのAさん、3人の子供さんを持つ働き盛りのお父さん
既にガンは全身を犯し、脳に転移した腫瘍は彼から半身の自由と言葉を奪いました
それでも必ず治ると信じて毎日リハビリに励み、一時は元気になられたAさん
筆談混じりの少ない言葉でいろいろなことを話し、一緒に冗談を交わし笑う日もありました
しかし徐々に容態は悪化、個室に移って、リハビリもお部屋でする日の方が多くなった頃
夏休みということもあり、ほぼ毎日面会に来ていたAさんの家族
横たわるAさんの傍らで、ふざけてこぜりあいをくり返す兄弟、それを叱り飛ばす奥様
夏休みの宿題を持ち込みつつも、全然進んでなさそうな兄弟(^^;)
「こんな時に・・・わかってるんだかわかってないんだか」とぼやく奥様はいつも笑顔で
予後を告知されているにもかかわらず、それを理解しているのかどうか?と
疑うほどの日常の風景がそこにあることに、Aさんの容態との違和感を覚えたものでした
それでも部屋の片隅に置かれたアルバムや、世間話の中にも思い出話が増える奥様に
その時が近づくのを感じながら、私にはもう、思いに寄り添うことしかできなくなった頃
子供達との最後の夏休みを終えて新学期が始まる日の朝、Aさんは静かに逝かれました
その日Aさんがご自宅に帰られたあと、病室を片付けた帰りに挨拶に来られた奥様
涙でぐしゃぐしゃの顔には、毎日子供達を叱りとばし、笑い飛ばしていた面影はなく
互いに言葉にならない言葉を交わし、去って行かれる後ろ姿に私が気づいたこと・・・
A さんと家族が、迫り来る死に逆らって必死に守っていたもの
それは、なんでもないけれどかけがえのない、ただただ平凡な日常の時間
意識もあったりなかったりの枕元で、何気なく繰り広げられていた兄弟ゲンカ
「いい加減にしなさい!」と怒る奥様の声、それらがどれほど価値あるものであったか
失われつつある時間の中で違和感を感じるほど、必死に守っていた日常であったことに
私はなぜ、今まで気づかなかったんだろう
「わかってるんだか、わかってないんだか・・・」いつも奥様はぼやいていたけれど
お子さん達はきっとわかっていたんだと思うのです
だからこそ気づかない様に、できることならなかったことにしようと過ごす、いつもの毎日
奥様や看護師の介助には、ちょっとしたことにも苛立ちを隠さないAさんでしたが
病室での騒々しい家族のやりとりには、苛立ちをみせることはありませんでした
なぜなら遠のく意識の中でもきっと感じていたであろう、音や空気や気配は
Aさんがこよなく愛した、平凡な日常の家族の風景だったから
人は何かを失ったり、哀しみに触れなければわからないこともあるのだと思いながらも
こんな簡単なことに気づかなかった自分を悔やみました
幸せの木は、それが深く根を張る、日常という名の土壌があってこそ育つもの
私達は、それに気づかず、その土の上に立っているけれども
あたり前に存在するものを失って初めて、そのかけがえのなさに気づくのかもしれません
いつもそこにある、何でもないけど、失ってしまえば何ものにも代えられない平凡な日常
時にその土が荒れたり、波にさらわれたとしても
その価値を知ることで、また耕し、幸せの種を蒔き、歩き続けるしかないのかもしれません
「良いお年を」そのやりとりの中に、いつもと変わらぬ日常があることをかみしめながら
2011年、誰もが忘れられない年が終わろうとしています
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