« 餅は餅屋、植木は植木屋 | トップページ | ピザパーティー »

いのちの糧となるもの

Photofuniaa14838

連日報道される幼児虐待のニュース、同じ子を持つ親として心痛むばかりです

そんな折、ネットニュースの記事を見ていて『愛情遮断症候群』という病名に目がとまりました

まだ記憶に新しい、5歳の男児が十分な食事を与えられず虐待の末衰弱死した事件ですが

単に食事が与えられなかったことだけでは著しい男児の発達の遅れの説明がつかず

それ以前から、『愛情遮断症候群』であった可能性が高い、との記事でした

たとえ十分に栄養が与えられたとしても、愛情が不足することで心身の成長が止まってしまう

子供に愛情がどれほどいのちの糧となるのかを物語る、この病の存在に衝撃をうけました

 

幼児虐待のニュースは後を絶たず、そのたびにいろいろ考えさせられます

夫などは真剣に腹を立て、そんなニュースを耳にする度に親への怒りを顕わにします

行政の介入ができなかったのかと憤り、隣近所の悲劇に気づかぬ無関心な社会を嘆き

そして、どうしてそんな親の元に生まれてしまったのかと神の仕業に首をかしげる・・・

未必の殺意も疑われる5歳児虐待のこのケースは決して許されるべきものではありません

しかしその後まもなく報道された2ヶ月女児の揺さぶり事件などは、未熟な母親と孤独な

育児環境を思うと、ただ親ばかりを責められるケースではないと思うのです

後日新聞にも産後うつや閉鎖された育児環境を問題視する記事が掲載されていましたが

どこかで糸を掛け違えれば、誰もが陥る危険をはらんでいるケースなのかもしれません

  

子を持てばその日から母親になれるわけではありません

私が未熟な母親ながらも、子供と楽しく向き合える幸せな育児と育自の時間を過ごせるのは

周囲の人や環境に恵まれ、その未熟さを多くの力が補ってくれているからこそだと思います

子供がいのちの糧とする「愛情」は必ずしも母親の愛情だけではないと思います

悲しい事件を社会に責任転嫁する前に、何か自分にできることを、と考えた時

わが子のいのちを大切に育むことはもちろん、私が周囲に支えられているように私もまた

微力ながらも誰かの支えになり、こども達の笑顔の糧となれたら・・・

だって、こどもは愛情を食べて育っていくのですから

 

|

« 餅は餅屋、植木は植木屋 | トップページ | ピザパーティー »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/207049/47779138

この記事へのトラックバック一覧です: いのちの糧となるもの:

« 餅は餅屋、植木は植木屋 | トップページ | ピザパーティー »